岐阜県の自衛隊候補生による殺傷事件について思うこと。「今の子は叱られ慣れていない」という声について

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「今の子は叱られなれていない」

これは犯人の「叱られたから上官を撃った」という旨の供述を受けての多くの人たちのコメントの中に見られたワードだ。

𠮟られ慣れていない子供だから、ちょっと怒られて、取り乱してしまう。場合によっては切れるし、人を殺めるものも増える。

だから叱られ慣れていない今の子供たちは問題だ。大人たちはどんどん子供を叱り注意しよう。

そういう世間の声が聞こえる。実際に私のまわりでもこのような考えを持っている人はとても多い。むしろ多数派だと思う。

私は障害者就労支援施設で働いていた。精神疾患をもつ利用者の生活支援をしていた。精神に障害を抱えた人間は精神のバランスを図るために、自分もしくわ他者を傷つける、嘘をつく、引きこもるなどの問題行動に走る。

それに対する職場の方針は「注意しましょう」、「叱りましょう」だった。

「褒めましょう」とは言われなかった。

問題が見つかればとにかく叱る。叱られた人間は萎縮する。怒られないように行動するようになる。中には切れてしまう人もいた。長い間支援の現場にいて、叱ることによって心身の状態やその者の人間性が向上していったというケースを私は見たことがない。

叱ることが悪だとは思わない。

相手のどこに焦点を当てるかが私は大事だと思っている。

悪い部分や問題の部分に焦点を当て続ければその部分が拡大し、良い部分に焦点を当てればその部分が拡大するものだと思っている。

だから問題に焦点をあて、叱ることに強い価値を与えることには疑問を感じる。

叱った人間は少なくともそれと同じ分だけ相手を褒めてほしいと願う。

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